スピリチュアル

現代におけるカルマの意味とは?決して怖いものではありません!

「カルマ」とは何でしょう?その言葉を耳にしたことはあって、でもよくはわからない人が多いかもしれません。ただスピリチュアル関連の話の中で「カルマ」と聞くと、何となく怖いとか、悪いこと、無い方が良いこと等のように受け取りがちではないですか?

しかし、カルマ自体は決して怖いものでも悪いものでもないのです。ある意味生きていれば誰にでもあることであり、わたしたちはカルマから学ぶことがたくさんあるんですよ。

今回は、カルマの意味やその捉え方をお伝えします。まずは「悪いもの」という考え方を一度リセットして読み進めてください。

そもそもカルマとは?その言葉の本来の意味

カルマという言葉は、仏教においては「業(ごう)」と言います。サンスクリット語では「行為」とか、行為の後にある「宿命」と訳されることもあります。もっとわかりやすく言うと「したこと」「やったこと」と表現できるでしょう。これを聞く限りでは別に悪いものではないですよね。

さらにもう少し詳しく述べると、カルマは「結果を伴う行為」と言えます。では結果を伴わない行為とは何でしょうか?それはとくに心が反応するものではなく何気なくやっていることです。自分と他者の心に何ら影響がないことです。この行為はカルマとはなりません。

それに対して心が反応することとは、我慢、ケンカ、執着、叱責、差別、いじめ等です。これらのことは必ずその結果をもたらしますから、カルマとなります。

カルマの反対の意味の言葉はダルマ

カルマと反対の意味をなす言葉は「ダルマ」です。ダルマとは自然であることです。自然の流れに従うならば、カルマとはならないのです。

例えば、朝日が昇り、昼は太陽が高くなり、そして日が沈む。これは自然ですよね。春夏秋冬の流れも同様です。植物が芽を出し、葉を広げ、花が咲き、そして枯れて土に還る。これも自然の流れです。

人間同士でしたら、心のままに親切をした⇒相手はそのまま受け入れた⇒二人とも嬉しい気持ちになった、という流れは自然、つまりダルマです。

対してカルマは、この自然の流れにストップをかけることを意味します。例えば、親切をしたかったけどやめた、という行為。また、他者からの親切をつい遠慮した、と言うのもそうです。好意や怒り等の感情を伝えたかったのに我慢したり、愛したかったのにケンカした等もカルマとなります。

いわゆる魂からのそのままの思いをダルマといい、それに対しての抵抗・ストレス・摩擦がカルマと言えるでしょう。

望んでいないと思ってもカルマはなぜ生まれる?

まず先に知っておいてもらいたいことは、カルマというものがマイナスに誤解されているケースが多いということです。すべてダルマならいいじゃないかと思うかもしれませんが、それは人間に生まれた以上不可能です。

でもカルマはあまり楽しいことではないので、カルマと聞くと前世からの悪い因縁だとか、前世で犯した過ちの罰であるとかの思い込みをしてしまっている人が多いのです。

しかしカルマはそういった負のものではありません。カルマがあって、私たちは悩んだり苦労したり、逆に喜びや感動を感じたりできるのです。なので、その意味を知るにはまず輪廻転生という考え方を理解する必要があります。輪廻転生があるからこそカルマが生まれるのです。

人の魂は不滅?永遠?輪廻転生という考え方

あなたは魂の存在を信じますか?もし信じるとすれば、人は肉体が滅んでも魂は滅びないということになりますよね。それが輪廻転生が存在するという見方です。人が肉体的に死ぬと魂はそこから抜け出て、再び違う肉体に生まれてくる・・・それを繰り返すのが輪廻転生です。

つまりあなたが今ひとりの人間として生きていても、それ以前にも違う人として生きていた過去があるということです。これをスピリチュアル的に言うと過去生と言います。過去生に個人差はありますが、何十、何百、何千回と生まれ変わっている人もいるのですね。

ですから今回の人生から見て、過去生にした「行為」をカルマという訳です。ひとつ前の過去生のカルマもありますし、10回前のカルマもあるということです。

なぜ人は輪廻転生を繰り返すの?

魂は面白半分に生まれ変わる訳ではなく、ちゃんとした目的があるのです。それは魂が「学び」「成長する」ためです。魂は人の体に入って生まれてきます。そしてその人が人生で喜び、悩み、苦しんだり等のさまざまな苦難を乗り越えることで、体験を通じて学び成長できるのです。

ですから魂は生まれてくる前に、次の人生では誰に入って何を学びたいか決めてくるのです。例えば次の人生では「人を許すこと」とか、「自分を愛すること」を学びたいと決心してきます。それがうまく学べる場合もありますし、学ぶ途中で挫折する場合もあります。

魂の学びはたくさんあります。なのでたいがいは1回の人生ですぐ「できた!」ということは稀です。そのためクリアできなかった学びを、また次の人生でチャレンジする訳です。そのそれぞれの人生で自分のした行為がカルマとなるのです。

過去生での行いが影響を及ぼすカルマの法則とは?

カルマは輪廻転生を繰り返す中で生まれますが、そのカルマにはどんな影響があるのでしょうか?カルマが生まれたことで、それがどうその人の人生に関わるかには法則があり、それを「カルマの法則」と呼びます。

カルマの法則は、言い方を変えると「因果の法則」「因果応報」です。ものごとにはそうなる原因があり、それが必然的に結果となるということです。また別の言い方をすれば「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」になります。

簡単な例として「天に向かってつばを吐けば自分に返ってくる」ということです。「天につばを吐いた」ことが原因で「自分につばがかかる」結果になるということです。ある人生で他人につばを吐くようなことをしたなら、次の人生では自分につばがかかるような体験をするということを意味します。

しかしこれは「バチが当たった」ということではありません。他人につばを吐くということがどういうことかを学んで知るために、次の人生で体験する魂の「課題」なのです。それは自らの魂が学びたいと選んだことなのですよ。

ですから「過去生で悪事を働いたバチが当たって、今世で自分に罰が下されている」という風には捉えないでくださいね。ただ「楽々な学び」は無いですから、悩んだり苦しんだりすることが起きます。でもそれは悪いことでも不運なことでもないということを知ってください。

今回の人生に影響するどのようなカルマがある?

カルマにはとくにどのようなものがあるのでしょうか?それは現時点で生きている人の数に、さらにそれぞれの人に過去生がいくつもある訳ですから、未知数といえるでしょう。

ただ言えるのは、魂の学びのためのカルマですから人の内面に影響が及ぶことは間違いありません。それはさらに細かく言うと、性格、価値観、意識、思考、想像、願望・・・といろいろです。その人の内面が変わるということは、なかなか簡単にはいかないでしょうが、だから「学び」なのです。

それではここから、どのようなカルマがあるか、その特徴的なものを紹介します。

運命の結びつきかと思われる恋愛におけるカルマ

今の恋人や結婚相手で運命を感じている人もいるでしょう。出会ったときは何かがビビッときて、その後結ばれることとなると、とてもロマンティックな巡り合わせを想像してしまいます。しかしカルマの結びつきであれば、その生活は楽しいばかりではありません。

例えばそのふたりは過去生においても夫婦同士だったり親族だったりしていたかもしれません。ただ、そこには「愛」と思い込んでいた執着があったり、嫉妬や憎しみがあった可能性もあるのです。恨みつらみを抱えながら、そのときの人生を終えたケースも考えられます。

それが時を超えて今回の人生で出会うこととなります。最初はなぜか強く惹かれたのだけど、心の奥の無意識のところでは、相手に対する執着、不安、仕返し等の思いが渦を巻いていたりします。

好き合って、愛し合っていたはずなのに、なぜか負の感情が湧いてくるようでしたら、何かのカルマが互いにあるのかもしれません。

家族の縁を感じざるを得ないカルマ

家族同士においてもカルマの影響はあります。例えば、父と娘は気が合うけれど、母と娘は喧嘩ばかりとか。また、息子が父には強いが母には何も言えないとか。家族とは言っても、各々をひとりの人間として見た場合には今まで見えなかった関係が浮き彫りになってきます。

過去生において親子が逆だったこともありますし、その当時も仲が良かった、あるいは嫌っている同士だった等もあります。しかし、今回肉親という関係に生まれたということは、カルマの結びつきは相当強いといえるかもしれません。

近年、親子でも実に仲が良い間柄のところもあれば、なぜか憎しみ合って相手をひたすら責めるしかない親子もいます。今の人生ではどうにも原因がわからないものは、過去生のカルマに理由があることは十分に考えられますよ。

人生でやり残したことの後悔があるカルマ

過去生である人生を終える瞬間にこう思う人も多いです。「ああ、もっと人生冒険すれば良かった」とか、「もっとあれこれチャレンジできたのに」と。これは安らかに人生を終えたというよりは、かなりの嘆きと後悔の体験です。

これは、肉体は比較的健康で、極端に不自由のない生活だった人に生まれやすいカルマです。食べて寝て、そつなく仕事をこなし、のんびりとした余生を過ごす。ある意味、楽な人生かなと思いきや、その分感動や喜びの薄い人生です。

困難や苦労に立ち向かうこともなく、他人の意見や世の中の常識の範囲でしか動かなかった人生だったのですね。もう人生が終わるころに、すばらしい思い出もなく寂しさだけが残る・・・。「こんなに貴重な人生という時間を無駄に過ごしてしまった・・・」という後悔がカルマとなるケースです。

案外今の人生で苦労を感じないカルマ

ある人は、病気や散財、人間関係の悩み等で、とてつもなく苦しい人生を送っているのに、それに比べて楽々な人生の人もいます。健康で仕事も順調。ときどき壁にぶつかりながらでも少しの努力でクリア。家族にも恵まれ、趣味も充実。宝くじも当たったとか。

このような人はカルマがないのでしょうか?いえ、そんなことはありませんよ。おそらく、過去生のどこかで、とても他人に喜こばすことに人生を捧げたので、今回は自分が喜ぶ人生となったのでしょう。そしてもうひとつポイントがあります。

その過去では他人を喜ばせ、他人から感謝される人生だったので、今度は自分が感謝を示すというカルマがあるのです。つまり、不自由が少なく思い通りの日々が「あたりまえ」ではなく「感謝」を思い出すためのものだということです。

いろいろなことが成功するたびに、「自分のおかげだ」「自分の力でやったんだ」と勘違いしては、そのカルマが次の人生に影響を残すことになります。

ネガティブが湧き起こってくるカルマ

今の人生で、原因はわからないけれど、何に対しても希望が持てず、後ろ向きでネガティブな思いしか湧いてこない人もいます。こういう人の場合、過去生のいずれかで、自分のことを過信し過ぎて、自分勝手が過ぎたというカルマがある場合が考えられます。

ですから今回の人生の中では、本当の自分を信じ、または他者を信頼するということを学びがあるのかもしれません。なので、不安や心配が引き起こされても、それより自信と信頼が上回るような精神を持つために、あえて落ち込むような場面に遭うのです。

誰にも信用されないとか、孤独を感じることもあるでしょう。でもそれは本人の成長のためにあり、「それでも自分を信じる」ことがテーマになっています。ちょっとがんばったらすぐ合格できるようなカルマはないのですよ。

人をいじめたり責めたりした過去によるカルマ

過去生において、他人をいじめたり強く責めたりすることをした場合、それがカルマとなってその後に影響することがあります。自分の立場を利用したり、権力を振りかざしたり、弱者をなじったり等々の行為は、次に自分の学びとなって返ってきます。

それは過去生でいじめをしていたから、今回はいじめを受ける側になるというストレートなケースもあります。またそうでなくても、いじめをなくす側の仕事に携わったりして、その中で数々の困難にぶち当たるというケースもあります。

また、他人の容姿や貧しい暮らしぶりをネタにいじめを行ったりしてもカルマとなり得ます。自分の人生では、いじめを受ける人の本当につらい感情を自ら体験する場面に遭遇する訳です。それは大変な経験となるでしょうが、「学ぶ」と捉えればすばらしく貴重な教えとなるのです。

とにかく今が不幸の連続に思えるカルマ

何をやってもうまくいかない、事業も失敗、家族とも離縁、人生不幸の連続だという人もいます。こういう人は、どんなに人に迷惑をかけてもやりたい放題やってきた過去のカルマがある可能性があります。まさしく地球は自分中心に回っていると思っている人ですね。

こういう場合、次の人生では不運の連続に思えることが起きて、そこに学びがあることが考えられます。ただ、案外健康だけは良かったり、多少病気をしても致命傷にはならないことがあります。

これは何を意味しているのかと言うと、いろいろあっても「健康であること」に感謝の目を向けるという学びです。

嫌なことがどんなにたくさんあったって、そこばかりに嘆かないで、今自分には命があることに目を向け感謝をするというテーマがあります。当の本人にとってはとても難しいテーマかもしれませんが、とても大切なことなのです。

どうすればカルマは解消されて人生が上向きになる?

カルマは時間がたてば消滅するものではありません。あなたが過去にしたことの結果は勝手に無くなることはないのです。ではどうすればカルマ解消となるのでしょうか?それはあなたがしたことから、あなたが学ぶことができた時に、カルマのひとつがクリア、つまり解消できると言えます。

そして知っておいてもらいたいのは、魂の学びは永遠であるということです。一回の人生でカルマのすべてが解消することはまず無いと思っていいでしょう。それだけ内面的な成長にはさまざまな体験が必要なのです。

ではここから、カルマ解消に向けての意識の持ち方や行動の仕方を紹介します。

どんな相手であっても無条件に許すこと

あるカルマ解消のためには、それがどんな相手であっても無条件に「許す」ことです。これはある意味とても難しいことかもしれませんし、クリアする人もいるでしょう。もし許すことがとても困難な人がいるとしたら、あなたのより身近にいてとても関係の深い人です。

よくあるケースは、親、子、兄弟等の肉親か結婚相手、それ以外でも自分の人生にとても深く関わっている人です。自分との距離が近く、共にしてきた時間が長いだけに、「許せない」思いが心に深く突き刺さっていることが多いのです。

その許せない相手を前にしたら、怒りや悲しみが溢れるように湧いてくるかもしれません。憎しみしかない場合もあります。それでもその相手を許せますか?とても難しい課題かもしれませんね。

でも例えば、幼い子供同士のことを想像してください。子供同士でケンカになったり、いじめが起きたりしたときのうまく解決できたケースです。どちらかが本当に涙を流して「ごめんなさい」と謝ったら、謝られた子供が「もういいよ」と言って相手をすべて許す瞬間・・・これはわかりやすい無条件の許しです。

どんな人やものにも愛を贈ること

日常に出会う人に愛を贈りましょう。エレベーターで扉を開いて待っていてくれた人がいたら「ありがとうございます」と伝えましょう。出先の建物でトイレ掃除をしてくれている人がいたら「いつもキレイにしてくれてありがとう」と。

また、食事のときには「いただきます」「ごちそうさま」と、作ってくれた人に感謝を伝えましょう。「美味しかった」もあればなお良しです。そして食材自体にも感謝と愛の思いを伝えましょう。あって当たり前ではないのです。

そして、モノにも愛を贈るのです。愛を贈るということは、大切に扱うことです。どんなモノであっても波動はありますから、雑に扱うより大切にする方が、より人のために働いてくれるようになるんですよ。家、自動車、衣類、靴等々、愛を持って扱いましょう。

いろいろな人やモノがあなたのために機能しています。そこにいつも愛を贈ることは、カルマの解消には大いにつながりますよ。

周りのすべてのことに感謝を表すこと

この世に生きている限り、あなたは必ず誰かのお世話になっています。またはモノのお世話になっています。決して自分ひとりの力で生きている訳ではありません。ですから、あらゆる人・モノに感謝の思いを表しましょう。

その中で気をつけたいのは、人でもモノでも一番身近な存在を意外と大事にしていない場合があります。それは人であれば、親かもしれません。例えば親と仲が悪くても気が合わない点はあってもいいのです。ほとんどが嫌でも、自分を生んでくれたことだけには感謝できますよね。

そして、ついあって当たり前と思いがちなのは、空、太陽、水、緑、海等の自然ですね。空気もそうです。それらは永遠のモノではなくて、人間の在り方によっては滅んでしまうのです。自然からもたくさんの恩恵をもらっていることを再認識してください。

このようにあなたの周りのすべてに感謝の思いが抱けるようになることは、カルマの解消にとても重要なことです。

奉仕の精神を持ち良い行いをすること

自分個人の満足だけを追求することはカルマの解消にはつながりにくいです。またそれが他人の迷惑になることであれば、なおつらいカルマを増やすでしょう。カルマ解消に向かうには、世の人々に向けて奉仕の精神を持ち、皆のための行いをしましょう。

その行いには規模は関係ありません。電車で席を譲ることもそうですし、わずかでも募金をすることもそうです。また大勢のためにボランティアをすることも。ただ注意点は、あなたが我慢をしてまではやらないようにです。自分を犠牲にする訳ではありませんよ。

つまり、あなたが生きて生活していくためのエネルギーのほんのわずかでも、世の中や人々のために使いませんか?ということです。

あなたに100の稼ぎがあったら、その1、2、3%位、寄付をしてみてはいかかでしょう。また、自分が楽しむ時間のほんの数%を誰かの役に立つことに使いませんか?その行いは誰も見ていなくても宇宙は必ず見ています。それは間違いなくカルマ解消につながります。

つらいときほど明るさを大事にすること

この世に明るさはとても大事です。いつも明るい笑顔を振りまいている人は、それだけで人々に明るさを伝染させていますから、とても貴重な存在なのです。

人は自分の調子がいい時は明るくできて当然です。そうではなくて、自分がつらいときでも明るさに向かえるクセをつけましょうということです。落ち込みがいけないのではなくて、明るいことを普通にするという意味です。

つらいときに暗くなることは誰にでもできます。ですからつらいときこそ明るさを出せる自分づくりをするのです。「人生で困難があってもくじけずに立ち向かっていく」というカルマを持って生まれてきている人はおそらく多いでしょう。そのカルマ解消には「明るさ」がとても大事です。

あなた自身が「太陽」になったようなイメージができるといいかもしれませんね。

自分を見失わずに平常心を保つこと

カルマの解消には、人生の難局を迎えた時こそ、自分を見失わず平常心で乗り切ることです。あなたにとっての「難局」な場面ほど、カルマ解消のチャンスである可能性は高いです。その時に、感情的になって、慌てふためいてしまえば、せっかくのチャンスを逃すことになります。

人生において不安や恐怖を乗り越えることは、その人にとっての大事な課題です。落ち着かなければ自分自身を正確に見られませんよ。今何ができて何ができないのか、誰かの助けを借りればできるのか、それらを冷静に判断することが重要です。

過去生において、あせって感情的になってしまったがために、最大の後悔をするような経験をした人もいるでしょう。それがカルマとなっている人にはこの人生で乗り越えるべき壁が準備されているかもしれません。

目の前に起きたことから逃げないこと

ひとつの人生でカルマはひとつではありません。日々たくさんの自分が蒔いた種の影響は受けるのです。ですから、自分の身に起こることから逃げてばかりいては、カルマの解消はできません。

あなたには、何かの出来事に背を向けて逃げたら、また同じようなことが自分に起きたという経験はありませんか?例えば、ウソをついてあることから逃げれば、また別のウソをつけば逃れられるようなシチュエーションが来て、それの繰り返しになります。

それは、「真実を伝える」というテーマがあるのかもしれませんね。その出来事から逃げてもカルマは消えませんから、勇気を出して真実を伝えることで、そのひとつのカルマが消える訳です。

ですから、あなたに日々起こることで、つい心が抵抗してしまうことは、ほぼカルマの解消につながることだと言えるでしょうね。そのひとつひとつに向き合うことです。

嬉しいことも嫌なことも受け入れること

嬉しいことや楽しいことはすんなり受け入れやすいですよね。人から感謝されたとか、宝くじが当たったとか。それと同じように、自分に不都合なことが起きてもかんしゃくを起こさずに受け入れるよう、心がけてみましょう。

これは相手の言いなりになるということではありません。出来ないことに関しては断っていいのです。ただ、起きた現実に怒ったり感情的になるのではなく、冷静に受け止めるということです。その現実を呼んだのは自分のカルマかもしれないのですから。

例えばあなたが交通事故被害に遭えば、その責任は相手にあり損害賠償をしてもらうでしょう。しかしカルマが原因で事故に遭ったとすれば、その事故からあなたにすばらしい学びがある訳です。それがカルマ解消の出来事であれば、あなたにとってのチャンスなのですね。

とても難しいテーマかもしれませんが、カルマ解消したいなら、すべてを受け入れることに向かいましょう。

人生を嘆かずにポジティブに捉えること

もともと魂は遊び放題の楽々人生を送りたくて生まれてきたのではありません。自分が学んで成長したくて生まれることを望んだのです。ですから、過去のカルマを乗り越えて、それ以上の自分になりたかったのは、その本人です。

ですから記憶には無くても、自分で選んだ道なのだと自覚して、人生をポジティブに生きるスイッチを入れるのです。

暗くて希望がない人生を思い描くのはやめましょう。逆に考えると、この人生であなたに解消できないことは起き得ないのです。つらくても苦しくても、あなたに乗り越えられるから起きているのです。ただそれを乗り越えるにはネガティブな思いでは難しいですよ。

初めての自転車や鉄棒の逆上がりに挑戦するように、「必ずできる!」と信じることです。その感覚で生きて行くことがカルマ解消を叶えます。

来世がまだあることを忘れないこと

カルマがあることにどうしても不安や恐怖が拭えない人もいます。そしてそういう人はカルマ解消に努めようとしてしまいがちです。いつも良い行いをして、カルマを消して良い未来だけを築いて行こうとします。が、しかしそれは叶わないでしょう。その理由は根底に不安や恐怖があるからです。

このような人の場合は、人生に対する不安や恐怖心に立ち向かうことがテーマでしょう。それができる自分を信じるということです。そうやって生きて行くことが現時点でのカルマを解消するのです。

魂の学びは今回の人生だけではありません。また次もその次もあるのです。今は小学校並みのカルマが来ているかもしれません。来世では中学校並みのカルマがテーマになり得ます。今は、今のあなたに丁度良いカリキュラムが来ていますから、怖がらずにだた立ち向かえば良いのですね。

その恐怖心から、今小学生なのに一気に大学生までのカルマを解消しようというのは無理が出ます。来世もあることを心にとめて、今やるべきことに集中しましょう。

カルマが生まれないようにするには何に気を付ける?

カルマをまったく生み出さずに生きることは、人間である以上おそらく不可能です。カルマが無いということは魂の学びが無いのといっしょですから、その場合に輪廻転生はほとんどしないでしょう。しかし、なるべく生み出さないようにと考えれば、ダルマに限りなく近い生き方をすることです。

ただ、自然の流れのように生きることは、相当高い精神であることは求められます。多くのマイナスやネガティブを抱える人や、魂の存在も信じられない人もいる中で、ダルマのように生きられる人は稀でしょう。

でも完璧に生きる必要はありません。すぐに意識できてカルマが生まれないようにするには、以下のことを意識しましょう。

カルマが生まれないようにするには感謝で生きること

新たなカルマが生まれないようにするには「感謝」を忘れないことです。

例えば、仕事で壁にぶつかって、心が折れそうになったなら、仕事があること自体に感謝しましょう。仕事を失ったとしても、今、雨や風をしのげる家があることに感謝です。家がなくなっても、歩ける体があったら健康に感謝です。怪我や病気になったら、命があったことを思い出すのです。

自分が絶好調の時は、感謝をしやすいかもしれません。でも本当に魂の学びにおいては、どん底のつらさを味わっているときに、感謝できるかどうかです。それを実践できたら、新たなカルマは相当うまれにくくなるでしょう。

失敗をし、人とぶつかり、自分勝手に行動し・・・いろいろあって落ち込んでも、その時こそ感謝を思い出すのです。「それでもまだ、生かされているんだ。有り難い」という思いからは、カルマは生まれませんよ。

カルマが生まれないようにするには愛で生きること

愛にもいろいろありますが、目標とするなら「無条件の愛」です。無条件の愛が自分と他者に贈れる人に、新たなカルマは生まれません。

ただ人間世界では、愛をそのまま送らずに愛の変形を贈ってしまうことがあるのです。例えば、愛しているが故に愛が憎しみに変わってしまったり。愛しているが故に執着になってしまったり。本来、愛は愛のままが良いのですが、愛にエゴが混ざった変形した愛を持つ人はカルマを生みます。

愛を愛のままで贈るというのも、とても難しい学びかもしれません。でも幼い子供たちは、無条件の愛を持っています。人を選ばずに「ありがとう」と言えたり、愛の笑顔を贈れます。大人になっていくにつれて、本来の愛を忘れてしまう人は少なくありません。

愛を愛のままで表現し伝える人は、新しいカルマは生み出さないでしょう。

カルマが生まれないようにするには希望を忘れないこと

生きている限りは、今がどんなであっても明るい未来を想像しましょう。そしてもし周囲に期待できなかったら、あなたが明るい未来を創造する一人目になることです。

どんなところに咲いている花でも、必ず少しでも明るさを感じる方に花を向けて生きようとします。その花のように、つらいことがあっても常に明るい希望に向けて生きるのです。

仮にその明るい希望を光とし、もう一方のネガティブな方を闇とします。その場合、光と闇とでは、闇の影響力の方が10倍大きいと思ってもらってもいいでしょう。人間は光を維持するのは大変ですが、闇の方には簡単に転げ落ちます。それだけ希望を持ち続けることは精神力がいるのです。

それでもできる限り明るく、笑顔で、希望を胸に生きて行くことを貫けば、そこにはカルマは生まれないでしょう。

まとめ

今回は、決して怖いものではないカルマについてお伝えしました。もしかしたら、「悪いことをしたらバチが当たる」という思い込みが多くの人の心に刷り込まれている可能性はありますね。それが「カルマは怖い・悪い」という考えになっているのかもしれません。

しかし人間は誰しも、人に迷惑をかけてしまうことはしてしまいます。その程度はさまざまですが、すべての人にはその要素があるのです。ですから大切なことは、間違いを一切起こさない事ではなく、そこから学ぶことです。すなわちカルマから学ぶのです。

自分で蒔いた種を刈り取るごとにカルマは解消され、魂は学び成長します。でも人間として生まれれば、また必ず種を蒔きます。そして何かしらのカルマは発生するのです。だからこそ人は学べて、すばらしい素敵な存在になっていくのですね。

なので、カルマが存在するその深い意味を知って、ぜひカルマに感謝してくださいね。